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ブログ「タイマッサージの真実」 - スクール経営カテゴリのエントリ

旧友

カテゴリ : 
スクール経営
執筆 : 
camel 2015-12-4 13:20
先日、中学3年の時の友達、そして、クラスの担任の先生と集まった。大学の時の友達というのは社会人になってからも毎年のように会ったりするが、中学の友達というのは疎遠になる。このメンバーも10年以上会っていないような気がするし、何年会っていないのかも忘れた。先生に至っては、中学卒業以来初めてである。
私の出身学校である東海学園中学は今や名古屋トップクラスの進学校らしい。没落した私の出身高校の都立青山高校とは対照的だ。

まあそんなことはどうでもいい。飲み進むうちにどきっとしたのは先生の口から出た望月という名前である。西村先生にとって望月は特別思い入れがあった生徒らしく、望月が・・・、望月は・・・、と何度か話題になった。望月はテニス部のエースで、高校時代はインターハイ等でかなり活躍したらしい。そして、私が中学1年、2年の時の親友だった。中学3年になり、私はテニスはあまり上手にならず、それほどやる気があったわけでもなかったのでテニス部を辞めた。それ以来、望月とはあまり一緒に遊ばなくなり、その後、私は東京に引っ越すことになったので完全に疎遠になった。

「親友」というのはなかなか思い入れのあるもので、中1中2の時の望月、中3の祖父江、高1の工藤、高2の島谷、ありありと思い出せる。今思えば、子供の頃の親友というのは恋愛をする前の段階での、性別の無い恋愛みたいなものなのかもしれない。
疎遠になった親友というのは、今でもちょくちょく思い出すもので、今どうしているのかなあ、このまま疎遠のまま一生を終えてもいいのかなあ、またより(?)を戻したいなあ、などと考える。西村先生から望月の名を聞いたとき、私は、今このタイミングで思い切って連絡してみようと思った。

翌日、中学時代の名簿を探して、その当時の電話番号を見つけた。その電話番号が通じるとも思えないが、ご両親は同じところに住んでいるかもしれないし、だめもとで掛けてみた。電話に出たのは驚いたことに望月のお母さんであった。驚いたのはそれだけではない、望月と、望月の家の別荘に遊びに行ったとき私が宿題を手伝ったこととか、細かいことまでよく覚えていてくれてすぐに私が誰かわかってくれて、もちろん望月の電話番号も教えてくれた。次に驚いたのは、現在望月が住んでいるのが私の住所のすぐ近くであったことだ。

今日からまた、望月との親交が復活するかもしれない、そんなちょっとしたわくわくした気分で望月に電話をした。

私「望月? 元気?! おれ、岡田だよ、中学のテニス部の!」

望月「誰? 岡田? 誰?」

私「(一緒に遊んだ時の思い出をいろいろ語る)」

望月「・・・・。思い出せない。岡田? いたかなあ、別荘に行ったのも誰と行ったのか思い出せない。最近記憶力が悪くて。今は、銀行員をしている。とりあえず連絡先教えといて。」

話はここまでだ。結局最後まで私のことは思い出してくれなかった。もちろんその後連絡はとっていない。古い友達からの電話で、アムウェイとかネットワーク商法の勧誘とか思われるのもいやだ。
何か大事にしていた大切なものを失ったような気がした
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悲しい閉店

カテゴリ : 
スクール経営
執筆 : 
camel 2015-3-21 19:19


前々回のブログ「7周年(1)」で紹介した新しくオープンした五本木バルの後日談だが、半年ももたず、あっさり閉店してしまった。驚くほどの速さでの撤退だが、家賃も払えないほどお客さんが来なかったのだろうか・・・。その後、半年くらいその物件は放置されていたが、先日また新しくイタリアンレストランがオープンしていた。居抜き物件での開業だろうからお金はかからなかったと思うが、似たような業種で成功するはずもないのに大丈夫だろうか? イタリアンといえば、この三宿通りの少し先の五本木交差点のところにAmiciというイタリアンレストランがある。ここは場所も良く、またリーゾナブルな値段で本格的なピザを焼いていたりしてまずまずの繁盛店だ。このAmiciをライバルに開業しても勝ち目はないと思うのだが、今度こそ潰れる前に一度行っておこうと思う。

経営者になると「店が潰れる」ということに敏感になる。明日は我が身かもしれないからだ。今順調でも、将来どうなるかはわからない。競合店が出現するかもしれないし、リーマンショックのような突然の景気後退があるかもしれない。何があるかわからないのでどこかの店が潰れるとなぜ潰れたのだろうとすごく気になる。私が身を置く、タイマッサージ業界でも閉店の話は絶えない。もう10年くらい前になるが、銀座にロイクロというスクール&サロンがあった。チェンマイロイクロのライセンス校で、当時の東京のスクールとしてはナンバーワンの人気だったしサロンもセンス、技術とも高く、いい感じで成功していた。Iさんという方が経営していたのだが、人柄も良く、また、店を一目見るだけでその経営能力の高さがうかがいしれたものだ。Iさんも自分の力に自信を持っており、スタートコンサルティングという会社で開業や店舗プロデュースのコンサルティングもしていた。美人な奥さんはルーシーダットンのモデル兼教師で、ムック本を何冊も出していた。私も一冊買ったものだ。勢いに乗るIさんは白金台、二子玉川、そして名古屋にサロンをオープンし、どのサロンも美しかった。セラピストを銀座のスクールで養成してその人材を元にサロンの多店舗展開を図るという完全なビジネスモデルである。ビューティクリニックやリフレクソロジーの成功モデルのタイマッサージ版をIさんがものにしたかのように見えた。

Iさんが自己破産したという噂を聞いたのはその一年後くらいだっただろうか。オーナー会社の場合、会社の保証人は自分であることが多いので、会社の倒産とセットでIさんも自己破産した。店はすべて売却し、ロイクロ銀座は消滅した。聞くところによると、銀座以外の新店の集客が思わしくなかったとのことだ。

そして最近、銀座常世の閉店を知った。経営していたのはTさん。私がまだ会社員だった12年以上も前からタイマッサージサロンを開業しており、当時にも何度かお会いしたことがあったが、やはり能力の高さを感じ、素敵なお店をどんどん開業して軌道に乗せていく、すごい人だと尊敬していた。東京だけでなく軽井沢とか遠くの方にも店をいくつもオープンして、セラピストのレベルも高く、店も素敵で、私は密かに常世こそが東京ナンバーワンのタイマッサージサロンだと思っていたものだ。TさんはTHCという会社を経営し、前述のIさんと同様、店舗運営コンサルティングのようなことも行っていた。5年ほど前には、タイ国にもスクールを設立してタイ、日本両方で学べるスクールという更なる店舗拡大へ向けた布石を打ったかのように見えた。

ところが、スクールがうまく機能しなかったのだろうか? いつのまにか銀座の常世は消えており、軽井沢とかホテル内のサロンの運営会社もTHCでなくなっていた。それだけでなく、なんと、セラピストへの給料未払いで裁判沙汰になっているという話まで飛び込んできた。一体どうなっているのか・・・、あのTさんがどうしてこうなってしまったのか?

ロイクロもそうだが、給料未払いとか自己破産とか、債権者への借金を返せないということは、これまで稼いできた利益の積み立てが全くなくなってしまっていることを意味する。過去にどんだけ成功し、稼いでいてもそれをすべて失ったということだ。実に恐ろしいことである。株価が上がって投資した金が倍になったと喜んでいても、株価が下がって元に戻ってしまえば利益は全く残らない、それと同じ感じだ。何年にもわたる成功が、結果的に消えてしまう。サラリーマンの給料が決して赤字になることはないのに対して、事業家は常にマイナス給料というリスクにさらされているわけである。

常世がなくなってしまったことは残念だが、麻布十番の宮原さんも(一時的なものだとは思うが)スクールを畳んでしまった。日本のタイマッサージスクールのさきがけであったITM東京も今はやっていないようだ。東京のタイマッサージ界が一気に寂しくなってしまった感がある。こういう状況を見ると、タイマッサージはもうだめなのかと弱気になってしまうときもある。

しかし、やはり私にとってタイマッサージというのは素晴らしいものだし、その素晴らしさはみんなに分かってもらえるものだと思っている。コーヒーや喫茶店の素晴らしさを再構築したハワード・シュルツのスターバックスのように、何かやり方はあるはずだ。失敗事例についてしっかり考察しながら、タイマッサージということを日本でしっかりと定着させていくには何をしなければいけないか、毎日考えている



写真は辻堂駅前にオープンして1年足らずで潰れてしまったフィットネスクラブの張り紙。NATURAglamの設計デザインを担当しているデザイナーが手掛けた店なのでとてもきれいなクラブだったのだが・・・
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7周年(2)

カテゴリ : 
スクール経営
執筆 : 
camel 2014-8-18 11:14
店が繁盛するかどうかの分かれ道はどこにあるのだろうか?
最近テレビでもよく取り上げられる隠れ家飲食店のような店はどこにあるのか知らない人には全くわからない、それでも繁盛している。店というのは駅から近く、そして目立つということが物凄く重要なので、そうでないのに繁盛するのはすごいことだ。もともと別の場所でやっていて常連客を呼び込めるとか、シェフのネームバリューや料理の圧倒的なうまさとか何か、コアになる要素があるから客数が雪だるま式に膨らむのだと思う。そうなってしまえば、家賃は安いし、広告や看板費用はいらない分、利益も経営も安定することは想像に難くない。

「ばん」という祐天寺屈指の繁盛店があるが、ここも場所はそれほどよくない。しかし、中目黒時代からの常連客や、居酒屋としてこれ以上ないほどの完璧な店づくり、そしてレモンサワー発祥の店という伝説がこの店の成功を支えている。

恵比寿に「香月」というラーメン店があった。私も何回も行ったことがある超有名店で、とてもうまかったし、恵比寿ラーメンというのは香月のことかと勘違いするくらい繁盛していた。ところが、その場所を離れ、三軒茶屋に移転して一年ほどで結局閉店してしまった。三軒茶屋店は駅からは近いものの、比較的人通りの少ない建物の二階だったので場所のハンディもあっただろう。ラーメン店が2階というのは致命的なことかもしれない。しかし、あの香月である。ネットの噂によると、恵比寿の元の店は家賃が値上げになったことでビルオーナーともめて、それで三軒茶屋移転になったということらしいが、値上げに応じて元の場所でやっていれば今でも繁盛していたことだろう。もったいないことをしたものだ。同じ場所で続けることの大事さ、そして、物件立地の力、時代の流行、考えさせられることは多い。

私もヨガスタジオをたくさん持つようになり、立地条件の難しさは痛感している。もちろん、駅の乗降者数や駅周辺の属性別人口、他社動向のようなことは一通り考慮して、慎重に出店しているが、メンバー数は店によって大きく異なる。店が増えるに従い、どのような要素が影響するか、何を目安にメンバー数が予測できるかは徐々にわかってくるのだが、完全にはわからない。住んでいる人のタイプも街によって異なるし、結局、やってみなければわからない。コンビニやファーストフードチェーンがどんどん出店し、不採算店はどんどん閉鎖するという手法は、やってみなければわからないというのを行動で示している。チェーン店が繁盛するかどうかは確率的に考えることで、いくつかはうまくいかないというのは納得づくでやるものなのだろう。

うまくいくか、いかないか、心配していても先に進まないので、悩むことはやめることにした。だめならだめでいい。テニスの試合でもポイントを一ポイントも失わずに勝つことなどない。失ったポイントより得たポイントが多ければ勝つわけで、失点しても別にかまわないという、正に失敗を恐れない無神経さ(←勇気ではない。勇気や無謀という言葉は恐怖があるから成立する概念だが、恐怖すら感じない無神経さがスポーツ選手や経営者にとって最強)で突き進むしかないのだ。

そんな気持ちで来月、下北沢スタジオをオープンする。うまくいくかどうかは運次第だ。私に運があればうまくいくし、なければ・・・、いや、なければということは考えず、自分の強運を信じることにしよう。
私は下北沢が大好きなので、下北沢に店を持てるというだけで故郷に錦を飾るような嬉しい気持ちになる。一方で、何だか、終わりのないギャンブルをずっと続けているような心境でもある

下北沢スタジオ(まだ何もできていません
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7周年(1)

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スクール経営
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camel 2014-5-20 11:28
先日、スクールを設立して7周年となった。正確に言うと、スクールと同時にヨガスタジオも始めたので、その母体となった会社を登記してから7年である。

早いものだ。とりあえず作ってしまえ!と立派な教室を建設してから試行錯誤を重ねながらなんとかやってきた。すべての起業家が味わうだろう、苦労をする楽しさを感じながら今日まで生き延びてきた。あと何十年かして人生を振り返るときに、あのころが一番楽しかったなあ、と思えるような7年であったと思う。
自分では、気がついたら7年になってたというだけで、今後も気がついたら10年になるだろうし、20年になるだろうし、50年くらいにはなるかもしれない。ところが、世間一般的にはそれはそんなに簡単なことではないように思う。

スクールの近くの三宿通り沿いに店舗がかならず潰れる物件がある。長い間、nordという喫茶店があった建物で、一階が喫茶店で、地下が別の店になっている。nordは大丈夫だった。そんなに繁盛しているわけでもなかったがまあまあ人が入っていたカフェだったが、nordが閉店した後にスリーロティサリーという店になった。
それが約1年前である。オープンした時は、店の看板やデザインが、六本木か原宿にあるようなチェーン店っぽいロゴのデザインだったのでチェーン店かと思ったがそうではなく個人でやっていたようだ。鶏の丸焼きを切り分けて食べる料理とチキンカレーの店で、一度行ってみようと思っていたのだが、先日なくなっており、今は改装して五本木バルという店になっている。同じ経営者が新装オープンしたのか、違う人が始めたのかはわからないが、とにかく、スリーロティサリーは1年も持たずに閉店したことになる。一度くらい食べてみたかったのだが、すぐ近くの私が一度も食べなかったということが閉店した理由でもあるだろう。

何が悪かったのか。まずは、デザインがこなれすぎていて、チェーン店っぽかったのが逆に災いしたのではないか。このところ、和民が急速に経営悪化しているように、チェーン店だとまずい(レトルトっぽい)というイメージがある。そのため、唐揚げやとか惣菜屋はあえて手作りっぽい雰囲気を演出するのだが、スリーロティサリーは店舗デザインを依頼されたデザイナーが自分のデザインセンスを誇示することに夢中になってしまったのか、「出来立て、うまそう」という生々しい雰囲気を全く感じさせない、食べ物屋にも見えない美しい雑貨屋のような仕上がりであった。素人が店を始めるときに、間違ったデザイナーに頼むとこうなるという見本である。もちろん敗因はそれだけではないだろう。商品と立地条件が完全にミスマッチしたのは致命的だ。チキンというのは焼きたてだからうまい。常に焼きたてを提供するためにはお客さんが買う前に最終調理をしなければならない。しかし、鶏の丸焼きはそうは行かない。一回に作る量が多いし時間もかかる。結果として作り置きになる。すぐに売れればいいが、あの立地条件は人の流れのブラックホールのようなところになっており、そんなに人が通らないし、何か食べたい人は特に通らない。なかなか売れないので、作ったチキンは時間がたってまずくなる。たまに売れてもまずかったと思われるからまた来てはくれない。こういう悪循環に陥ったのだろう。きれいな店を作った時の喜びから全然お客さんが来ない悪夢への転落、私もそれを経験しているだけにここの経営者の気持ちを思うと胸が痛くなる。

私がよく買う、日本一という焼き鳥チェーン店がある。そこはいつも行列ができている。とにかくうまいのだ。作り置きではなく、後ろでどんどん焼いている。回転の良さが出来立てのうまさを生み出し、それが、回転の良さを生み出す、驚異の好循環である。驚異なのは、売っているのはスーパーの総菜売り場にあるような焼き鳥でそれは特に安いわけでもないし宣伝もしていないし、20:00を過ぎても絶対に割引をしない。それなのに、行列が絶えないのだ。うまさだけで商売を成立させてしているところが圧倒的で、あらゆる商売の見本だと思っている。

スリーロティサリーがあった建物の地下にも飲食店があり、この物件はもっとひどい。一年おきに店が変わる。いつも居酒屋とか沖縄料理とかだが、前の店は夜逃げしたという噂がある。今の店はいつまでもつのだろう。

続く





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お店の閉店

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スクール経営
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camel 2013-9-11 0:00
このところ、立て続けに寂しいことがあった。

まずは、三軒茶屋のサンクチュアリというバー。フーディアムの前に2年ほど前にできたスポーツバーなのだがこのバーがあるビルには因縁があり、私が三軒茶屋にヨガスタジオを作ろうと物件申し込みをしたのだが小さい会社はだめだと断られた。そのビルにあったバーだ。内装もとても豪華で、私が断られたビルに入っているのだから立派な会社だと思っていた。それを思い出して、2週間前に一度行ってみようと思い立った。行ってみるとそこには何もなかった。シャッターが下りていたので一階のパン屋でバーはどうなったのか聞いてみたら6月末で閉店したらしい。2年持たなかったことになる。
私を断ったビルなのでざまあみろと思いたいところだが、実際にはなんだか寂しかった。考えさせられた。私は別のところに入居して幸いなことに繁盛している。このバーがなぜ上手くいかなかったのかは想像に難くない。私も店を始めるときに店舗プロデューサーなる人から飲食店を勧められた。料理人も知らないしと断ると、カタログを取り出してきてこういうレトルトや冷凍食品でメニューなんかできる。飲食店は内装次第だと説得された。直感的に断ったが、そういう人種はそうやって相手をおだて上げ、高額な内装工事を受注することが目的だ。その後、その店がどうなろうと興味はない。そういう輩に引っかかったのだろうと思う。実際には内装などどうでもいい。飲食店をやるならどこよりもうまいことが唯一重要なことだ。バーならどこよりも居心地がいいことが大事だ。その見本が祐天寺の「ばん」なのだがそこについてはまた今度書いてみたい。
私が入ろうとしていた3階にはお好み焼き屋が入っていた。そこを覗いてみるとファミレスのようなきれいな店内に1組の客のみ。ここが潰れるのも時間の問題だろう。もし私がここにヨガスタジオをオープンしていたらどうなっていただろうか、家賃も高いし駅からも少し遠い。今頃サンクチュアリのようになっていたかと思うと背筋が凍る思いであると同時に、断られて余程運が良かったとも思う。

競合他社ではないが、意識していた店が潰れていくのは自分の店が潰れていくようで悲しく、寂しいものである。ライバルは元気であってこそ、こっちもやる気が出る。

ライバルと言えば、ヨガスタジオを始めたころ、素敵だなあ、あんな店をいつかやりたいなあ、と憧れていた麻布十番メローボーテも、川崎のカルナスタジオプラスも閉店した。最近では渋谷のwired fitも、私と同時期にヨガスタジオをスタートした六本木のportも閉店したらしい。どの店も私の店よりもずっと立派に見えたし、私の店をもっと良くしないとと刺激を受けた店ばかりだ。利益が出ていれば閉店する理由はない。赤字が続き持ちこたえられなくなって家賃が払えずに店は終焉する。内装工事がどれだけかかるかもよくわかるのでうまくいかずに撤退した経営者の気持ちが我がことのように心が締め付けられる。

今度、中目黒にもスタジオをオープンするが、スタジオを支えてくださっているメンバーの方々、そしてインストラクター達の日々の努力には本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。多くの方の支えで生かされているのだとしみじみ思う
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すぐ怒る人

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スクール経営
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camel 2013-9-10 22:19
すぐ怒る人がいる。

電話に出ると、ヨガスタジオに入れないらしい。その理由は、早く来すぎたためで、まだ前のレッスンが終わっていないからである。
その旨説明し、あと5分でレッスンが終わるので入れますとご案内すると、

「あなた、電話では早く来すぎると入れないことは説明しなかったですよね! そのときのひとですよね、責任者ですか、名前をフルネームで言ってください。」と激高し、「受付がやんないんですか、めんどくせえ」と悪態をついて突然電話を切った。女性である。自分が30分も前に来たことで5分待たされるというだけで、会ったこともない店長に「めんどくせえ」である。その方はその後ご入会いただいたので、私からは長期にわたってサービスを受ける立場である。その相手を初対面で暴言罵倒して、その後気まずくなるとか考えないのだろうか?
そもそももし私が同じ状況にあったならば、早く来すぎた自分が間抜けだったと苦笑するだけのことだ。そばに誰かがいて「もっと怒ったら」と言われたとしてもどうやって怒ったらいいのか困ってしまう。理由はわかったし、誰も悪くないし、相手は謝っているし、5分ほどぶらぶらしていればいいだけの話である。怒ることは疲れるし何より自分が気分が悪い。なぜこんなに瞬間的に怒りのエネルギーが沸き起こるのか不思議でならない。

以前別の人からも電話があった。「体調が悪いのでキャンセルしたいのですが」「承知しました。大変恐縮ですがご自身でも予約と同様、キャンセルはできますので、次回からは使ってみてください」

すると驚いたことに「はあ、こっちは直前なので親切のつもりで電話してるんですよ、それなのに何で説教されなきゃいけないんですか、悪かったですね、すいませんでした!」と激高してガチャンである。
言い方はもっときつかったと思う。親切なら、そんな言い方で人を不快にさせることは矛盾していると思うのだが・・・

病気なのだろうか、生理なのだろうか?
数百人に一人くらいの確率で、特に30才前後の女性にこのようなタイプの方がいるように思える。相手が怠慢とか、悪意を持った嫌がらせをしているなら攻撃的な言い方はあってもいいだろう。しかし、多くの場合は一生懸命やっている中でのちょっとしたミスや、逆に本人に原因があることも多い。自分が相手に迷惑をかけてしまったこともあるだろう。そんなときに「気にしなくていいですよ!」と気持ちよく許されたことはないのだろうか? あるに違いない。普通はそういう経験の蓄積で、相手に対しても、多少の失敗は笑って許してあげるものだ。ところが、この種類の人たちは、自分は許されて当然、相手は絶対に許さないらしい。なぜこういう人が出現するのか、こういう性向がエスカレートして内戦や戦争になるのか、人間の根源的な本能の一つなのか、単にカルシウム不足とか栄養失調による脳の変調なのか? 会社ではうまくやっているのか?子供のころに親から厳しくされたり虐待をされたのか? ゆとり教育や甘やかしで自分が偉いと勘違いしているのか?

色々と考えさせられるが、やはり、精神病の一種なのではないかと考えている
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かつやのカレーカツ丼

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スクール経営
執筆 : 
camel 2013-3-1 17:29
かつやのカレーカツ丼がうまい。

3月下旬までの期間限定商品なのだが、うますぎて既に3回も食べてしまった。かつやはときどきレギュラーメニューではない期間限定商品を出す。その中でも、カレーカツ丼とミルフィーユ牛かつ丼は傑作なのだがなぜかレギュラーにはならず一年に一回くらいしか現れない。

私は普通は、カツはチキンカツよりもトンカツの方がうまいと思っているが、カレー味だとチキンが生きる。本場インドでもカレーで使う肉はチキンなので相性抜群だ。しかも卵とじになっていてカツ丼の出汁も効いている。結果として、普通のカツカレーよりも、普通のカツ丼よりもうまい。しかも、いつも配っている100円割引券を使えばなんと414円である。

チキンカツもビッグだし、500円以下で食えるテイクアウトのものとしては、テキサスバーガーもうまいが、カレーカツ丼が最強なのではないか。こう思っているのはどうやら私だけでないようで、昨日は平日にもかかわらずいつもと違う大混雑。テイクアウトで大量に注文する人もいて、なんと20分も待たされてしまった。

と、どうでもいいことを書き連ねてしまったが、実は現在新しいヨガスタジオをオープンする準備に追われているところである。ヨガスタジオは3店舗めなので、することはわかっているし、難しいことがそんなにあるわけではないのだが、新しく買い揃えるものも最新のいいものにしたいし、看板の写真も撮りなおしたい、スタジオデザインももっとよくしたい、等々、いろいりなものを買ったり、設計デザイナーと打ち合わせしたり、システムを構築したり、約一ヶ月でやらなければならないことは多い。ストレス(いいストレスだが)がかかる。そうなると、ストレス解消にはとにかく食ってしまう。だから今日もかつやへカレーカツ丼を買いに行く(昨日も食べたのだが・・・)。

今度の高円寺のスタジオも美しい仕上がりになりそうです

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ダイオウイカと窪寺博士

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スクール経営
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camel 2013-1-18 12:13
NHKスペシャル「世界初撮影! 深海の超巨大イカ」を見た。
老若男女楽しめる素晴らしい番組だったが、見終わって最も印象に残ったのはダイオウイカと遭遇し、そして、ダイオウイカが去って行った後の窪寺博士の何ともいえない表情だった。喜びで満面の笑みかと思えばそうではなく、何だか哀しそうな、気が抜けたようなポカンとした顔だった。
40年間追い求めてきたダイオウイカを自分の目で直接見るという目標が完全な形で達成された後の顔だ。そうそう見られるものではなく、実はこの番組の最大の見所だったかもしれない。
目標が達成され、同時に目標が失われると人間は放心状態に陥るのかもしれない。思考が停止し、体の力が抜ける。求めてきた夢は叶ったはずなのだが、叶ってみればそこには何もなく、ただただ、終わった、終わってしまったというさびしさ、生涯をかけた取り組みが終わったということは一生が終わったということ、死を意味する。自分の一生の終わり、悲しくないわけはない。
この心境は、登山をする人にはよくわかるだろう。ジグソーパズルでもいい。山頂を目指して苦労に苦労を重ねる。装備を用意し、周到な計画を立て、体力を整え山頂を目指す。苦しいが心は楽しい。わくわくする。山頂はまだか、あと何時間かかるのか、進んでも進んでも手が届かないこの感じは何なんだ、俺はなぜこんな苦労をしているのか。様々な雑念、苦しみが心をよぎり、もう辞めようか、いやここが踏ん張りどころだ、しかし、山頂はあとどのくらいあるのか、と考えながら一歩一歩を踏みしめていると、山頂は突然現れる。気がつくと山頂に立っている。やった! ついに攻略した!と喜びが湧き上がる、はずだ。しかし、実際はそうではない。確かにいい景色だし、登頂に成功した。で、なんなんだ。そんな気持ちだ。確かに嬉しいし撮りたかった写真も撮れる。しかし、目標が達成され、同時に消滅してしまった空しさ、哀しさ、終わった、そういうものが心を占めているように思う。

私は生涯において、この気持ちを2回味わっている。一回目は大学受験で合格した後。多くの人が五月病になる気持ちがわかった。
二回目は去年だ。働くという営みを始めて24年。会社に勤め、会社を辞め、事業を始め、失敗し、そして去年とうとう、満足がいくものを生み出し、思っていたことが形になった。数ヶ月間放心状態になっていたような気がする。

今年に入って、新たな目標設定をした。その第一歩がピシットタイマッサージサロンのオープンだ。これまでにない素晴らしいサロンを創造する気持ちで取り組んでいる。そんな今が楽しい、夢というのは叶うことではなく、叶えるために突き進んでいるときが一番楽しい。その意味では、夢を持った時点で人は幸せになれる。夢が叶うかどうかはどちらでもいい。多くの人は夢がかなった人が幸せだと考えるが、夢を持った人が幸せだと言うのが真実だ。そして、それは誰にでもできることであり、つまり、誰でも必ず幸せになれる。

人生は壮大なゲームである。ゲームをするのは達成の画面を見たいからではない。一応それを見るという目標を持って取り組んでいるが、それが見たいのなら誰か達成した人に見せてもらえばいい。そうではなく、自分でやるから面白い。やっているときが一番面白い。達成してしまえば、単純に終わってしまう。終わってしまえばそこに幸せがあるわけでもない。それは初めからわかっていたことだが、終わったらまた次のゲームを始めるしかない。パチンコやギャンブルは結果を伴うゲームだが、結果を伴わないゲームがこれほどまでに市場規模のあるものだと気がついたことは革命である。働くということがゲームではなくなった現代だからこそ成立した事業であると言える。

しかし、ゲームに人生をささげるのはやはり空しい。本業で人類のために、あるいは、家族のために、人生のゲームの目標設定をするのが本筋だろう
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テラスモール湘南

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スクール経営
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camel 2011-11-12 10:05


2011年11月11日、辻堂駅前にテラスモール湘南がグランドオープンした。前日のプレオープンでも驚いたが、辻堂にこんなに人がいたのかという程の人出である。

規模がとても大きい。シネコンも入っており、規模や構成はラゾーナ川崎プラザと似ている。ショッピングモールとしてはオーソドックスな作りで、お台場ビーナスフォートのような衝撃はないが、長年辻堂に住んできた私にとっては、辻堂の駅前に突然原宿のような町が出現した感じで、唐突な違和感がある。



H&Mもあるし無印もある。自分の家から自転車で行けるところに都会が出現したことは便利でいいし、素直に嬉しい。多くの人々や元気に呼び込みをする店員を見ていると、私もいつか、こんなショッピングモールに出店して祭りに参加したいものだと思う。

今では当たり前のショッピングモールだが、日本に初めてできたのはいつなのだろう。1980年頃にロサンジェルスで初めて「モール」というものを見たときは衝撃だった。今では、バンコクやチェンマイ、そして北京にもショッピングモールができている。どのモールも似たような感じで、入っているブランドも世界標準の似たようなブランドだ。バンコクにエンポリアムやサイアムパラゴンができたときは、辻堂が突然都会になったように、バンコクが突然アメリカになったという衝撃があった。一応今でもサイアムスクエアやマーブンクロンやナイトバザールにタイらしい情緒は残っているが、歴史あるアジアの文化が突然アメリカンな町並みに置き換わるのは複雑な心境だ。どの町も、どの人も進化し、豊かさを享受する権利がある。だから、観光客気分でその町の発展を憂うのは単なる感傷といえるのだが、経済のグローバル化により国の町並みや文化がどんどん消滅するのは寂しいものだ。

思えば、テラスモール湘南は、ある工場の跡地にできた。グローバル経済、そして円高により国内でのものづくりが続けられないため、首都圏近郊の工場はどんどん閉鎖されている。そこへ、アメリカンな発想の世界標準なモールができる。今、問題になっているTPPもそうだが、国の境目をなくしてしまうということは、世界が一つの経済圏、文化圏に統一されるということである。町並みも同じようなものに収束していくし、貧富の差も、「豊かな国と貧しい国」ではなく、「豊かな人と貧しい人」が世界中に等しく存在するようになるだろう。それがアメリカの豊かな人の戦略であり、世界をすべてアメリカにしてしまおうというアメリカの戦略である。

歴史を振り返ると、小さな国は勝ち馬に乗らないと消滅する。勝ち馬に乗ることも傘下に入るという意味では国のアイデンティティを一時的に失うことになるのだが、反発して潰されるよりはいい。それが保身術というものだ。その意味で、日本の選択肢は一つしかないのだが、そのことによって発生する悲劇は最小限に抑えたいものである
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神の存在、運命、etc...

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スクール経営
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camel 2011-7-22 11:29
神はいるのでないか・・・

女子サッカーワールドカップでの日本優勝を見ながらそう思った方は少なくないだろう。個人的な嗜好としては、「被災者のため」「日本の復興のため」ということにスポーツの結果を結びつけるのは好きではない。人のためではあっても、「金のため」と言うのと同様に、何かスポーツの純粋さが失われるような気がするからだ。スポーツはそういう結果のために行わないからこそ美しい。特に、女子サッカーは金の匂いがなく、優勝後もビールやシャンパンのかけ合いや夜の街で飲むということがないので、清潔感が古今比類なく、見ていて心が洗われるほど清清しかった。その意味で、優勝直後のインタビューでインタビュアーが敢えて被災者や震災について言及しなかったのは良かったし、やはりそれを口にすることは何か抵抗があったのだと思う。民放の記者だったら間違いなく「被災者の方に一言」とか言って、この偉業を下世話な印象のものにしてしまっただろう。

それはともかく、この優勝が、経済低迷にあえぐ日本、そして、多大な苦しみを背負った東北の方々を幸せにしたことは間違いがない。このタイミングで、そして、18年も頑張ってきた澤選手が決めたことに、神の意思を感じる。もちろん、努力の結果であり、運などではなく力で掴み取った優勝であることは間違いがないのだが、それを成し遂げる選手が揃い、練習の成果が結実することへ導かれていた感は否めない。アメリカの選手が、負けても全く悔しそうな顔をせず、「大きな力があった」と語る姿はまるで、聖母マリアの降臨を見ているかのような恍惚感を感じた。キリスト教徒である彼女たちは我々以上に神の存在を感じたに違いない。ワンバット選手が「優勝以外に素晴らしい体験があることを知った」と発言していたが、それはまさに神を身近に感じた感動であっただろう。

話は変わるが、秋にヨガスタジオ2号店をオープンすることになりそうだ。私は当初ヨガを仕事にするなどとは全く思っていなかった。普通に会社員をした後に起業することにしたが、念頭にはタイマッサージスクールしかなかった。しかし、ヨガの先生に偶然出会い、経営的な配慮からヨガスタジオを併設することになり、その流れで現在、ヨガスタジオをチェーン展開しようと考えている。そういうことをしている時にあるインストラクターからyogaという言葉の語源を聞いた。yogaの語源はyuji(ユジュ)であり、繋がりという意味がある。自分の体と心を繋ぐ、心と神を繋ぐ、人と人を繋ぐ、そういう意味だ。それを聞きながら私は驚愕していた。私の名前はyujiなのだ。まさか、自分の名前が自分のライフワークを意味していたとは・・・。今、たまたまyogaを仕事にしていると思っていたのだが、生まれた直後にそれをすることが決まっていたようなものだ。

無神論者であり、科学を信仰する私には運命や神の意思という概念は受け入れにくいものだが、存在の根底にはそういうものが何らかの形で実在していると認めざるを得ない気がする今日この頃である
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